モニタのフチには何もあってはならない

 目に入ったものが気になってまって仕方がないという特性はADHDの方には定番だと思います。発達障害の子供に配慮した学校では、黒板の周囲にカーテンをつけて授業が始まると黒板以外は隠して集中できる環境を作っているという事例もあるようです。何かが目に映ればそれが新しい刺激になってそちらに意識が向けられてしまいます。もちろんわたしも例外ではありません。

 今わたしは黒いフチのモニタを使わせて頂いています。白いモニタは点けていなくてもまぶしくて映るイメージも外へ拡散していくようで意識が中に向かって行きません。もちろん付箋やシール、飾りなどの類いは一切ありません。
 通常はモニタに映るデザインを見ながら作っていますから視界に入るべきはデザインの仕上がり枠のみでいいわけです。ですから机の周りは散らかっていてもモニタ周りだけはかなり潔癖です。欲をいえばアプリケーションのツールやパレットの表示も消したいくらいです。デザインの表示以外は何も見たくないと言うとちょっと行きすぎかもしれませんが、見たくないものを見ないようにする見方ができないので自然に潔癖にもなります。線一本でも関係ないものは視界に入れたくないのが本音です。
 わたしの気の散る方は対象が何かは関係なく、これまでの思考が一方的に停止させられ、意識が強引に次の対象に切り替わってしまう感じです。意識が他に向けられた時の意識はまったくありません。ある時ふと我に帰り、何でこんなこと考えていたんだ、となります。戻って来た頃には思考はまた霧の中に消えてアイデアも迷宮入り。
 特に顕著なのは頭の中だけでイメージを考えたり情報を整理したりしている時です。実体を見ている訳ではなく、目線は空に向け頭の中のイメージに集中している時に何かが目に入ってしまうと思考がいったん止まってしまいます。あと一歩でカタチになりそうなところまで来たにもかかわらず、一時停止してせっかくの糸口が彼方に消え去ってしまいます。

 メモに書きながら考えてみようとやっていたこともありますが、インクの色や筆跡に意識が向いてしまったり、まだ具体的ではないイメージを具体的なカタチや言葉にすることでそのイメージが焼きついてしまい、元の淡い思考状態に戻れなくなったりなど、何度やっても失敗を繰り返していました。わたしは思考段階で書き留めることをやめ、思考中に発想を頭の中で仕留めることに集中しようとやり方を変えました。そのためには目もつぶるし耳も強く閉じます。話しかけないで!というオーラ全開で考えています。まったく思考を逃さなくなったとは言えませんが、これで以前より機会を逃さなくなったと思っています。